札幌食べ歩記 第1話
僕の古い友人で
素人D氏と名乗る者がいる。
嫁も取らず、ただひたすらに働いた金を美食に費やすそんな男だ。
そんな男が札幌に旨い物を求め、やってくるという。
僕の舌は美食なんていうものからはかけ離れた舌ではあるが、旧友からのお誘いを断るわけにもいくまい。
お供する事にした。
話は1月中旬に遡る。
素人D氏から連絡がきた。
「店は予約した。5万ばかし用意しておけ」と。
快く、「了解した」と答えてはみたものの、日々爪に火を灯すような生活をしている僕である。
五万円もの大金を用意するのは中々難しい。
僕の財産なんてごちゃごちゃした野営道具くらいだ。
そんなごちゃごちゃした物を切り売りし、なんとか素人D氏を迎える準備が整った。
2月12日夕刻
素人D氏は札幌入りした。
この日は今年一番の寒さだと思われるくらいに寒かった。
札幌に住む僕でも外に出ることを躊躇うような寒さだ。
そんな寒さの中、ちょうど開催中の、かの有名な札幌雪祭りには目も呉れず、
向かった先は宮ノ森にある「LA SANTE」だ。
どうしてもこの店の鹿と羊のローストを食してみたいと言う。
このような高級店なんか行った事がない僕は何を着て行けば良いのか悩みに悩んだが、所詮持っている服の数なんてたかが知れている。
諦めて何時もの格好で出掛けて行った。
しかし入り口で早速洗礼を浴びた。
「いらっしゃいませ。コートお預かり致します。」
えっ?コート??僕はペラッペラのソフトシェルしか着ていない。
これを脱いだら婆シャツのみになってしまう。
そうか。こういったお店はコートを着てくるものなのか。ジャンパーでは駄目なのだ。
しょうがないので、
「寒くて脱げません。」
そう言い放ってズカズカと店内に上がり込んだ。
素人D氏はまだ来ていない。
周りはお金持ちっぽい紳士や貴婦人が沢山だ。
そんな中一人むさ苦しくジャンパーを着込んだ僕は素人D氏を待っている。
周りの視線が痛い。
そんな中、先日友に教えて頂いた心を落ち着ける呪文を試してみた。
「真っ赤なお鼻の~トナカイさんは~いっつもみんなの~わーらいものー 」
念仏のように唱えてみるとあら不思議。
周りの視線が気にならなくなった。
そうだ。この場では僕は真っ赤なお鼻のトナカイなのだ。
何時もみんなに笑われているのだ。
確かに赤いジャンパーを着ているし。
愉快。愉快。
一人ほくそ笑んでいるとようやく素人D氏が現れた。
彼はこういったお店に慣れているのだろう。
良く解らない言語を用い、オーダーしていく。
僕にはメニューを見てもそれが何なのかさっぱり理解出来ない。
全て素人D氏にオーダーをお任せした。
まづはシャンパンで再会を記念し乾杯。
美味しそうな料理が次から次へと運ばれてくる。
片っ端からがっついた。
食事は19時半から開始したが、その日に限って21時には閉店するらしい。
通常こういった食事は3、4時間掛けてゆっくりと楽しむものらしく、素人D氏は残念そうだ。
僕はと云えばこんな煙草も吸えないような場所に3、4時間も居ることは真っ平御免なのでちょうど良い食事となった。
21時過ぎ、僕達は次の店に向けてタクシーに乗るのだった。
続く
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