ホーボーTORATAKEDA
11月15日僕と息子は旅にでた。満ち足りた現代社会から、そっと姿を消すように・・・。荷物は必要最低限。そうすることで僕と息子は人間としての原点に立ち返ることができるはずだ。 天候は曇り。11月の寒さが僕と幼い息子に容赦なく襲い掛かる。場所は関係ない。「人がいない」 このことが重要だ。僕と息子は人里離れた川原に泊まることにした。
まず最初の仕事はこの冷えきった体を暖める為、火を起こすことだ。朝露に濡れた木々はなかなか火がついてくれない。普段なんでも親任せの息子も体が熱を欲しているのだろう。お互い言葉もなく、ただ黙々と火を付けることに専念した。ようやく小さな火が着き始めると、幼い息子がやっと口を開いた。「あったかい」 ただ一言。普段物に満たされた生活を続けている人間にはわからない深く重みある一言だった。
それからわたしと息子は川遊びなどしながら1日を過ごした。やはり子供は逞しい。こんな過酷な状況でも遊びを考え、充分以上に遊べてしまう。自分達大人がどこかに置き忘れてしまった感覚だ。純粋に楽しんでいる。そんな息子を見てなぜか無性にうれしかった。
この時期の夜は早い。僕と息子は焚火を囲みながら飯を食い、いろんなことを話した。学校のこと、友達のこと、今日泳いでいた魚のこと、話は尽きない。息子が楽しく話す姿がたまらなく愛おしい。その日僕と息子は遊び疲れて、19時くらいに寝てしまった。外は寒くてたまらないがシュラフの中はなんて温かいのだろう。温かいという感覚が逆に寒いという感覚を僕に教えてくれるようだ。
ただ僕は22時くらいに目を覚ました。辺りがやけに明るいのだ。さっき息子と夕食をとっているときは、ランタンの灯りがないと10メートルも進めないくらいの暗闇だった。ただ今は明るい。50メートル先でも見渡せるくらいだ。この暗闇を楽しもうと、僕は息子を起こさないよう気をつかいながら、そっとテントを出た。昼間息子と苦労して付けた焚き火の火がまだ少し残っている。やさしい灯りだ。そっと薪を入れてやり、風をすこし送り込むと火はまた元気を取り戻した。昼間とはまた違った火だ。昼間の火は力強い火だった。まるで父親のような火だ。今の火は違う。ただ僕に温もりとやさしい灯りをくれる母親のような火だ。そんなやさしい火に見守られながら、僕はバーボンを飲んだ。僕は旅に出る時はバーボンと決めている。癖のある香りと味が旅という特別なリキュールと絡み合い最高のカクテルになるのだ。そんなカクテルに酔いながら、一人暗闇の中で焚き火を見つめている。純粋に、「生きている」という事を実感できる。旅に出て良かった。格別な時間を十分堪能した後、わたしは息子のいるテントに戻っていった。
翌朝僕と息子は軽く朝食を取った後、撤収の準備を始めた。やはり言葉はない。僕は明日からまた仕事だ。息子も学校に行かなくてはならない。でも、人のいる日常に戻ることに抵抗を感じる自分がいる。息子も同じ感覚なんだろう。作業が遅々と進まない。最後に息子と2日間お世話になった火に最後の薪をあげた。 「また来ような」 息子と自分にそう約束して、僕達は日常に舞い戻ってきた。
旅に出る前の僕以上の僕になって。
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